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tisdag, maj 02, 2006

ポップと政治を(続きのようなそうでないような) 

さきほどの長い文章から関連で。

グローバリゼーションのことについては、少し前にモモネムさん( http://d.hatena.ne.jp/Tigerlily/20060424 )が書かれてたIKEAのオープンに寄せての文章にとてもうなずくことが多かったです。

私的にはグローバリゼーションとそれへの抵抗について気になり始めたのが98年ごろでした。99年の今頃にはフェアトレード関係者たちの間で「世界で一斉にアクションを起こそうデイ」があって世界がつながるネットワークの力を実感。そしてシアトルで大きなデモが起きたのが99年末、同じく99年のノーベル平和賞はネットで地雷反対の運動を進めた団体が受賞。グローバリゼーションという言葉の中には、今いわれているような「グローバル大企業の牛耳る世界」というだけではなくて、もっとインターネットの持つポジティブな可能性などを含めた希望も感じられた頃だったと思います。

そしてそれから7年、世界はやっぱり予想以上に早く大きく変わっていっているんだということを痛感します。

インターネットも可能性よりも弊害の方が大きくクローズアップされていて、確かにねえと思うような黒い話ばかりが聞こえてくるし、2001年に社会技術論という専攻で「インターネット・ケイタイが社会を(ゲリラ的にしかしポジティブに)変えていく可能性」について論じようとしていたわたしとしては(ちなみに未完)、とてもやりきれない気分をもんもんと抱えています。もしかしたら、どちらかというとポジティブな可能性に希望を見出したいと思っていただけかもしれないけれども。

それでも、希望はきっとあると思いたい、でもどこに突破口があるのかまったくわからない状態にどんどんつっこんでいってしまっている気がして、あー「近代とはスピードを落とせない止まることもできない車に乗っているようなものだ」とかいうギデンズの話なんかも今ごろにまたうなずけるような気がしてきます。でも、例えばインターネットひとつとってもここまで急速にこれが普及してこんだけのことが起きるとは誰も予想はしていなかったはずで、だから逆に予想外のよいことだって起きるはずだ、今だって黒い話の陰になっているけどそういうことは起きているはず、だからきっと人間はおもしろいのだ、と思いたい。そこに希望を見いだしたい。

あーまったく全然うまく書けませんが、今日いろいろ思ったことは書いておきます。メーデーだし。また今後挑戦します。

***2007年8月の追記***
1年以上たって、いまだうまく書けていません。いつか。

mixing pop with politics ポップと政治をあわせてみる 

こりはいったい、、
http://vapnet.blogspot.com/2006/05/mixing-pop-with-politics.html
一番下の写真、トランペットとか持ったおじさんが並んでるこの写真、たしか100年くらい前(いや、80年くらい前やったかも)のデモの様子だったと思います。とても有名な政治的な労働者の行進。こんなに牧歌的に見えて実はとても激しい。そういうことか? そういうことだ! ポップでメロウでそしてポリティカル!というのが理想だと思います。そういうのが真のパンクいや真のポップだと思います。

最近VAPNETのことばっかりで「何のこっちゃ」という人には申し訳ないですが。

【解説:VAPNETとは】
とてもすてきなスウェーデンの北の田舎出身のポップでメロウな音を奏でてそしてわりと強い歌詞を書くユニットです。いまいちばん好きなユニットです。同じメンバーのやってるSIBIRIAというのもおなじくらい好きですが、とにかくバンドのことでした。

最初のシングルのタイトル曲「Ge dom v?ld」は、「彼らに暴力を」をという意味で、歌詞も短いのですがかなりきつくて「いじめっこは/いじめを持つ/同じようなやつらはそこらじゅうに/強姦者は/暴力を持つ/警察も持っている/そして君も自分のを/法はこんなにたくさんあるのに/その中のどれひとつ/君のためには書かれていない/君は彼らに正義を与えたい?/それとも暴力を?」というもので、最初はよく意味がわからなくて、最近になってこれはイェーテボリで反グローバリゼーションデモの際に警察官がデモ参加者を殴ったり虐待した事件が起きてかなり問題になったにも関わらず結局裁判ではあまり罰せられなかった、ということに対する批判の歌詞だったそうな、ということを知り、おおー!と。この事件はわたしがとても気になってけっこう追っていた話の関連事項だったのですが、それもあって、更におお!と。
このひとらの「ポップでメロウな音に強い歌詞を乗せる」というのはすごい魅力だなあと思っています。真のポップです! 

ちなみに、同じくスウェーデンのこれまたすてきな音楽をつくるイェンス・レークマンは同じ事柄に関して「あの暴動を覚えてる?」という歌詞を書いていて、それもまた批判なのだけども「これは政治というよりも、その暴動が象徴しているようなうまくいかなかった恋のことを書いている」とどこかで話していたので、VAPNETの方が熱く強いなあと。

と、長々書いて、結局わたしは「ポップでメロウでそしてクリティカルポリティカルでもポジティブで希望を感じる」というのが音楽であれ文学であれなんであれ理想だと思っているのだと痛感。わたし小さい頃一時期革命家になりたいと思ってました。革命家は職業かと訊かれたら困るんですが、そして何するんだといわれたらよくわからんかったのですが、とにかくそういう心意気を持っていたことは事実で、そんなのも忘れてすっかりへたれているこの頃、そんな気持ちを持っていたことをこうやって思い出したりするのは、悪いことではなかろうと。

そうそう、小沢健二くんの「毎日の環境学」はまだあまりぴんときてないのですが、連載小説「うさぎ!」の初回にはかなりぐあーんとなりました。こういう小説が読めるのならば世界はまだそれほど悪くはない、と希望がわいてきます。さてここからどうするの、というとこで戻ってしまうのだけども。それでも!
http://ecologyofeverydaylife.org/usagi/index.html

いまふと思いついたけど、小沢くんの文章を読んだ時に感じるものと養老孟司の文章を読んだ時に感じるものがなんだか似ている気がした。文章の感触というのか、なんか「え?」というとこからまっとうなことをついてくるとことか。ちゃきちゃきした感じとかかなあ。江戸っ子な感じ(養老さんは江戸っ子ではないですが)。うまく書けないけどふと感じました。

てなことです。

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