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söndag, augusti 05, 2007

★犬は勘定に入れません - To say nothing of the dog

コニー・ウィリスの『犬は勘定に入れません』をやっと読んでしまった。
おもしろいー。
近未来とヴィクトリア朝英国が主な舞台で、
タイムトラベルSFなのでやたらややこしくて、
数学的な用語(らしきもの)も出てくるので、
はっきりいってついて行けないのですが、
それはもう置いといてもかなり楽しい長編です。

2057年という、今から50年後が現代で、
21世紀初頭の流行病で地球の人口は減り、
猫は絶滅してしまっている時代、という設定。
車は化石燃料車よりもソーラー車が主流。人々はわりとのんき。
タイムトラベルは可能だけども、研究目的のみに使われ、
歴史の流れを変えることは不可能。
なぜなら歴史上の分岐点には、
なぜかタイムマシンでもたどり着けないようになっているから。

というようなとこで、どたばたといろいろあるのですが、
歴史はグランドデザインー大きな出来事の集積、ではなくて、
誰も気にも留めないような些細な出来事が反応し合って
つくりあげられている、その中での自分の役目なんて
600年たってみてわかるかどうかというくらいのもの。
というハッピーエンドが、ささやかででもこころに残るものでした。

この人の違う話では、これまた近未来、犬が絶滅している世界、
というのもありました。『最後のヴィーネベーゴ』というお話。

短編集1冊とこの長編しか読んでいないけれども、
このひとの作品はシリアスなものとコメディなものの揺れ幅が大きい、
とあとがきにあり、たしかに短編はそうだった。
そのことについて本人がシェイクスピアを引き合いに
「どちらの作品も書きたい、そうすることで
自分が思う真実に近いものが書ける気がする」
というようなことを言っているそうで、また感銘を受けました。

あと、人類が病気で減ったとか、犬や猫が絶滅とか、
わりと暗い感じの未来なのですが、
でも希望が持てる余韻と人間らしさがある視点が
作品には一貫してあるところがすきだと思いました。

この本が書かれたのはもう10年ほど前で、
その10年で真実はよりそういう方向へ進んでいて、
かつ、その人間らしさというのは衰えていっているのが、
ある意味SF調のサイエンスノンフィクションなのですが。

エコとかエゴとか 

夏なんだなあ、という昼間の熱気と夜の風の空気が なんともいえずここちよく、ぼやーっとしておりました。

寒くなると「ああーやっぱりこの季節だなあ」と思うし、暑くなると「ああーやっぱりこの空気」と思うし、 これは四季があるくにに生まれた喜びかしら。

先日のビニール袋とセレブエコバッグの話、 エコバッグ反対、どうせやっても、とかでは決してなく、 ビニール袋やごみもなるべく少なくしたいのですが、 (で生ものでもなんでもかばんに詰めたりする)、 それは違うのではという商業くささと、まんまと踊らされっぱなしのひとがおそろしく多いのだなあということがなんとも言えないわけでした。

あの「ビニールじゃないよ」バッグについて、「買ったらビニール包装はされるのかしら? もちろんなしよね?! その場でバッグそのままもう使たらええんやもんね」とか意地悪く思ってしまったのだけども。でもきっと袋に入れるんだよね。
それか、これ見よがしに見せ物として使うか。
それであの「ビニール袋じゃありません」という主張があるべき意味を持ってくるのかしら、と思うと、バッグよごめん、という気が。

で、「アイアムアプラスチックバッグ」で「わたしだって100%リサイクルできますよ」という代物は、
そういう商業主義と大衆に対しての批判としてかっこいいと思ったのと、できることから気負わずに、というスウェーデンのことを思い出したのでした。その気になれば新しくバッグ買わなくてもいいし、と。

自分がみた限りの北欧エコとかについては、いろんな側面からいろいろおもうところは別にもあるのだけども。
これについては、また書きたいと思います。

と、野暮ですが追記。

torsdag, augusti 02, 2007

drrrling 心意気として 

Darlingというナンパな名前でガルルな雑誌に昔出会いました。
いいなあ、と思った頃には経済的理由から廃刊号で、ああと思ったものです。

なんかだいぶ前にこんなことを書いていた。
アンアンの恋愛至上主義に辟易していたようでした。
好きなように生きたい、そしてかわいい女といわれたい、あたしかわいいでしょ、
というやつですよね、アンアンは。

日本の巨大商業誌のアンアンと北欧のインディーに近かったガルル雑誌を
比べているのはとんちんかんなのですが。
でもやっぱり今読むとあえて貼っておきたいと思った。

***
このマガジン(廃刊)/ウェブジン(健在)が体現しているように生きたいと
強くほんとでおもう。

強気で傍若無人ででもかわいいものもだいすきで大笑いして悩んで泣いて、
でもやっぱり強気で。
それって当たり前のことやん、みんな願うことやん、と思いつつも、
たとえばアンアンとかの目指すものとダーリンの目指すものとの違いは、
 好きなままに生きてみせる、それでなにが悪い?
 たとえそれで泣いたとしてもそれのどこが不幸だというの?
という態度でものごとに接していこうとしているのか否か、
というとこなのかな、とはたと思い至った、いま、この瞬間。

「ひとりでどこまででもいける」という気持ちでダーリン、アンアンではなく。

****
で、実際にはそんなふうには生きられていないのですが。
ここまで突き抜けられる日がいつかはくるのかしら。

onsdag, augusti 01, 2007

バッグのはなし続き 

コメントを頂いて、そこからまた思いついたことを以下追記。

****
その1:
自分でもかわいいものとかすきだけど、甘いだけで
薄暗いとか一言では言えないとかやむを得ないとか
そういった背景なし(もしくは無視)のもの、
とかがいやになってしまう。
商業的にはそんな複雑なことをぼやいていても、
そうはいかないことは、自分でもわかるし、
矛盾してることをやってる感も自分に対して否めないけれども、
いろんなことがあるしそれを否定も肯定もできないし、
でもやっぱり好きだからとか気になるから、
という気持ちを忘れずにいたいと思います。
かわいいのがくそくらえ、というよりも、
かわいいだけはくそくらえ、ですね。

ちょっとうまく書けないので、
後でまたまとめてみようと思います。
レコ袋リサイクル、やらねば。

****
その2:
イケアについて追記。
カオスがイケアっぽい、というのは言いたいことと
違う気がしたので。

やっぱりヒステリックな様子は日本という場所だから
なのかなあ、とか、ロンドンでの騒動とか思い出してみました。
エコバッグに行列的な出来事だろうか。
いやでも、イケアがすてきインテリアショップだったら
そうはならない気がするのです、が、どうなんだろう。
どっちにしてもカオスかもしれん。

****
その3:
ビニール袋リサイクル魂、またの名を
「いや、もったいないからふつうに使い回ししたらええやん」
というか。
スウェーデンのひとは往々にして自意識過剰気味のところが
あるのに(日本人と似た感じのもの)、そういうのはわりと
さらっとできるのがいいなと思う。
もったいない精神が根付いているのかなあ。

補足として:
●ビニール袋といっても、わりと厚めでしっかりしていて、
日本のスーパーでもらえるものとは違います。
だから何度も使える、というのはあると思います。
●そういえば、食品のパック(ポテトサラダの入っていた容器
など)も丈夫でしっかりしているので、使い回ししていたと
思い出しました。ジップロックみたいなやつも、とことん
何度も使う。

バッグには夢がつまっていた 

今日も朝から暑いことです。
というよりか、暑くない時がない。
個人的には初寝苦しい夜の明け。寝れん。

昨日の続き:
I AM NOT A PLASTIC BAGという名前の、
宣伝ばんばんされたブランドデザインエコバッグに
大行列、という話は少し前ですけど、
ありがちすぎてあほらしすぎてやだなあと思っていたら、
Lilmagモモさんが、どうせひまならみんなもっと
トンチキなもの自分でつくればいいのに!
というようなことを言われていて、拍手!(そして嫉妬!)
http://lilmag.org/
http://blog.lilmag.org/

そしてすてきな「I AM A PLASTIC BAG AND I'M 100% RECYCABLE」というバッグも発見されていて、
またときめきました。かっこいいなあー!
http://cgi.ebay.com/ws/eBayISAPI.dll?ViewItem&item=220133729118

それで思い出したのが、スウェーデンのこと。
何度も書いているけれども、おしゃれな北欧ブーム
くそくらえのわたしなので、向こうのスーパーの
なんでもないエコバッグをオークションとかショップで
法外な値段で売っているというようなのを見ると
「ちがーう、そして美しくなーい」と思い毒づきます。
そういうの好きなひとがいるのはそりゃしょうがないし、
高い金で買って使うのもいいし、エコですよという
ポリシー持ってるのは昨今当たり前だけども、
なんか本末転倒感が否めないのが、美しくない。
わたしだってしょうもないものが好きだし、
ビンとか持ち帰ったりしちゃうし(ヒマだったら)、
でもなんか値段つり上げてる風潮と値段つり上げる
ようなもんか?というのが、すっきりしません。
かわいいデザインの空きビンがヤフオクで高値取引、
とか、げっそりです。そんなお金の使いかたするんだったら、
自分でその国行っていろいろ見てきた方が絶対いいよ!

そう思うと、IKEAは北欧おしゃれ家具ではなくて、
世界展開で格安です!というポリシーをこの今の日本ですらも
貫いている(ように見える)のが、まだすてきです。
オチさんのIKEAレポが個人的にはいちばんすきでした。
http://d.hatena.ne.jp/ochisan/20060514/1147617110
すごいカオス状態でモノがばんばん壊れても
誰も気にしてない、とかいうの。うわーイケアっぽい!

で、長くなりましたが、スーパーのエコバッグ、
スウェーデンでは使っているようないないようなで、
品のいい感じのおばあちゃんたちは、折り畳んだ
スーパーロゴ付きエコバッグを丁寧にかばんから
取り出して、というひとが多いようでしたが、
それ以外はあんまり見ないなあという印象。
学生だったら、エコバッグなんていわずもうリュックに
ばんばん詰め込むとかもあり。
パンクなティーンネイジャーは、ポリシーの印刷された
ぺらっぺらのエコバッグ、とか。
でも案外割とみんなスーパーのふつうのビニール袋を
お金出して買ってます。エコ感ゼロ。この時点では。
お金出して買われたビニール袋は、その後ゴミ袋になるのが
いちばん多いですが、その他には無造作に手持ちバッグ
として使われているようだったのが「おおスウェーデン!」
という感じでした。お弁当入れたり、何か小分けにしたり、
そういうのにふつうにスーパーの袋。
荷物多い時にスーパーの袋。
ジム行くのに、洗濯行くのに、パーティー行くのに、
オールマイティービニール袋! 
というわけで、
I'M 100% RECYCABLEというフレーズを読んだとき、
ああまったくだよ、と思ったのでした。

印象に残っている場面は、
あるパーティーで会ったDJ担当の男の子が、
すてきなCDたちをどっさりスーパーの袋に無造作に
入れて持ってきたのを見たとき。
ああスウェーデン!と思いました。
その中からベルセバとかすてきな音楽がばんばん出てくるの。
かわいい男の子が何の気もなくスーパーの袋持ってるとか、
すてきです。

わたしもDJ担当でCDもってこいと言われていて、
わたしはなんかわからんけど期待(何の期待?)に応えて
ばんばんにおしゃれ感を出さねばと思っていたので
(結局おしゃれでもなんでもなく、かばんのすきまに
つっこんでいっただけなのですが)、気が抜けました。
まだまだだなあと思いました。嫉妬しました。

ちなみにわたしはその袋からでてきたベルセバを
貸してもらい、その子からはその後もいろいろ教えてもらい、
それが今に至るひととの出会いをつくっているわけなので、
ああスーパーの袋には夢と希望と未来がつまっていた!

もひとつちなみに、わたしはビニール袋買わない派、
かばんにばんばん詰め込む、でした。
理由は袋なんて買ってる余裕ないから、でした。
袋がのちに使いたいときだけ買いました。
エコ感ゼロ。そして本末転倒。

7月終わり 

昨夜はおどろくほどにすずしかったですが、
あまりにすずしくここちよく、窓全開で風にあたりながら
いつのまにか寝てました、コロッケ2つ平らげた後、、、
目覚めたら日が昇るころでした、、、なんという。

今日はまた暑く、1時間半ほどおつかいで外に出ただけで
だいぶ日に焼けた気がします。日焼け止め塗ったのに。
日焼け止めをまともに塗り始めたのはここ数年です。
美白に関して無頓着なわたしですら、当たったらやばいと
思わせる陽射しと暑さ。
地球はえらいことになってるんだろうと思うけれども、
こわくてもう現実を見据えられない気がします。
そう言うとるからあかんのだけども。

環境といえば、こないだ会社で古い資料をばっさばっさと
斬り捨てていて、ふと見えたフレーズ、
「ここ北極圏まではチェルノブイリの汚染も及んでいません。
安全できれいなところです」というようなもので、
忘れかけていたものを引き戻されるようでショック。

ちょっと前に出たスウェーデンのポップラディカルバンド
VAPNETのEPは「何か新しい悪いことが起きた」という
タイトルでした。意味深だなあと思っていたら、
1曲目は「チェルノブイリ」という曲。ああそうか。
歌詞までは調べていないけれども、チェルノブイリ原発事故の
影響の波紋は北欧人にとっては、日本人にとってよりも数倍
強烈かつ深刻だったんだなあと、改めて思っていたところ。

あの事故直後、西への風が吹いてかなり大気が北欧へ流れて、
大地が汚染され、牛乳などにも影響が出たそうです。
パンフレットは90年代のものだったと思うけれども、
事故から10年たってそのフレーズが書かれるということ、
そしてそれからまた10年たってそれを衝撃的に感じている
ということ、そういう自分がいること、
どっちもなんともいえない。
そして新潟の原発のことは頭から飛んでしまっていたこととか。
なんか矛盾しまくっている。

で、紫外線降り注ぐ中人ごみかき分け自転車で走っていたら、
乗外国の男の子3人組を見かけ、「フジロッカーだ!」
と勝手に断定。
だって1人はTHE CUREのTシャツ着てたから! 
残りもなんかバンドTシャツぽかった。よく見えんかったけど。
若いのにフジやってきてしかも帰りに京都観光かよ、
うらやましいぜ、と思いつつ、どっかのバンドの子たち
だったのかもしれません。佇まいがそういう感じでした。
フジも終わってはや8月か。早いなあ。

***
チェルノブイリ原発で被害を受けた地域のその後について
描いたドキュメンタリー「アレクセイの泉」を、ちょうど
4年ほど前に観ました。
素直にこころ揺さぶられました。機会があればみなさんぜひ。
http://www.ne.jp/asahi/polepole/times/sosna/alec/summary.html

そして上記サイトから追記:
そういえば4年前にもこころに残った気がすることば
「世界中で事件が起こる。不況も襲う。しかし浮き足立つ
ことはない。足を大地につけろ。」
浮き足立ってんなあ、わたし。
***
あと、今日見つけて今さら興味深くやってみました。
みんな知ってるのかもしれんけど、自分メモとして。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/07saninsen/votematch/etc/index.html

覚え書き再開 

すっかりミクシィでへなへなになっていましたが、
「主張は表でからだ張らなきゃ」という気持ちがむくむくと再燃、
覚え書き帳再開しました。

過去の殴り書きの残骸はプロフィールから。
もしくはこのへんで:
http://piiiip.blogspot.com (紛らわしいアドレス、こちらはiが4つ)
http://www.piiip.com/lego/

どうでもいいこと9割ですが、たまに役に立つかもしれないようなことも
書いてあるなあ、と、数年経って読み返して思いました。
読み返すとどうでもいいことであれなにかしら感じられるから、
やっぱり記録した方がいいなあと改めて痛感。

音楽メモ帳は別サイト(http://d.hatena.ne.jp/soradio)でちまちま続けていましたが、
なんでもごちゃまぜに書き殴ってあるほうがおもしろい気がする。

ということで、ここにまた書き散らかしていきます。
最初のエントリーは、ミクシィで書いたものをいくつかそのまま移しました。

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